旧統一教会、信者の娘の記憶

信者の母と、その家族の記録。

謎の集会。

学校が代休だったのか、家に母と私2人だけの日があった。母から、お母さんがいつも行っている場所、大阪に行こうと誘われた。

母が一体何をやっているのか見てみようと、恐怖心はあったけれど行くことにした。


どこだか分からないけれど、雑居ビルの2階だった記憶。

暗い階段を上がって部屋に入ると、真っ赤なカーペットが敷かれた部屋に長テーブルがいくつかあり、母より年上のおばさん達が何人かいた。時間になると、お祈りが始まり、妙な歌を歌っていた。

あまりに異様な光景と、自分の母親の姿に私は泣き崩れてしまった。私の姿を見た知らないおばさんから、サタンが取り憑いていると呟かれたのを覚えている。

父が仕事に行っている間、私達が学校に行っている間、母はこういう世界で過ごしていたのだと、現実を叩きつけられた。


帰りの電車の中、私は宗教のことは分からないけれど、自分がやっていることで家族が辛い思いや悲しい思いをするなら、それは間違っている思う、と伝えた。


高校生の頃の記憶。

消えたお年玉。

お金は使わずに貯めるタイプだったので、何年分かのお年玉や祖父母がくれたお小遣い、こつこつ貯めて、中学生の頃には10万ぐらい貯まっていた。


お正月が過ぎてしばらく経ったころ、母にいくら持っているのか聞かれ、まだ純粋だった私は正直に答えた。絶対返すからお母さんにお金貸してお願いと言われ、貸してあげた。


しばらく経ったあと、貸したお金って、、と言ったら、育ててやってんのに親に金返せってどういうこと?と言われた。


人は信用してはいけないし、お金も貸してはいけないと、母から学んだ。

中学生の頃の記憶。

韓国通い。

母は度々家からいなくなった。

ある日、朝起きると母がいなくて置き手紙が置いてある。そして数日後、帰宅した母と待ち構えていた父が大喧嘩。そんなことが繰り返された。

ピーク時には1、2ヶ月に1回ぐらいそんなことが起こるので、母が急に数日いなくなることも、父が母を罵倒する姿を見るのも慣れていた。

怒り狂う父は母に手を上げるようになっていたので、妹たちといつも子供部屋に隠れていた。酷過ぎて止めに入ると、大人に口出しするなと私も殴られた。

反抗期真っ盛りだった私は、狂った母、暴力的な父とどんどん喋らなくなった。


私が中高生、妹達は小学生の頃の記憶。

母の行動。

毎晩お風呂の時、身体を清めるように真冬でも冷水を浴びていた。毎日手を組んでお祈りもしていた。


定期的に道場と呼ぶ場所へ行っていた。私も何回か連れて行かれたけれど、受付で知らないおばさんと母が戻ってくるのを待っていた。姉妹で車で待たされた記憶もある。


学校から帰っても母がいなくて、家も開いていなくて、家の外でずっと待っていた記憶。見かねた隣の家のおばさんが家にあげてくれて、おやつをもらった記憶。母を待ちきれなくて、とぼとぼ歩いて祖父母の家に行った記憶。


神様にまつわるアニメのビデオテープがたくさんあって、よく見せられていた。アダムとイヴ、ノアの箱舟

私は神の子だと言われ、同じ血筋の人と結婚しなければいけないと言われた。犬も違う血統同士だと雑種になるでしょ、今の家系は呪われているからと。


にこやかな母の記憶はあまり無い、いつもどんより暗い顔をしていた。どこかへ出かけたあとだけ晴れやかな顔をしていた。


おそらく全て小学生のころの記憶。

家の中。

家には文鮮明の写真が常に飾られていたし、私はランドセルに宗教のマークのステッカーを貼っていた。

分厚い本や高そうな壺も印鑑も高麗人参の箱もあった。

それらが何万、何千万もするものだと知ったのはもう少し大きくなってからの話。

母の心はどこか遠いところにあって、家の中がキレイに保たれることは無かった。足の踏み場も無いほどグチャグチャ、キッチンにはカビの生えた食べ物が放置されていた。

子供にとって母親というのは絶対的な存在で、家の中のものや母の行動に疑問を抱くことは無かった。

小学生のころの記憶。

家族の思い出。

家族の楽しい思い出はほとんど無い。

いとこ同士、家も歳も近くて仲が良かったのでよく遊んでいたし、盆正月には祖父母の家でみんなでお泊まりするのがすごく楽しかった。花火をしたり、キャンプにも行ったし、海にも行ったし、スーパーファミコンでも盛り上がった。両家どちらの祖父母も優しくて、ニコニコわらっている思い出が多い。


でも家族だけの楽しい思い出が出てこない。

小学生の頃までは家族旅行も数回はあったし、写真も残っているけれど、家族写真の私は笑っていない。妹も笑っていない。

 

父と母は真面目な性格で、冗談を言ったりバラエティ番組を見て爆笑するタイプじゃない。家族で談笑した記憶は無い。

覚えているのはケンカする父と母、ケンカする私と妹。母の活動が明らかになる前は父も優しくて、笑顔の父は思い出せるけれど、笑顔の母が思い出せない。いつもイライラしているか、暗い顔の記憶。

思い出しながら悲しくなった。

信者の母親をもつ娘たちの性格。

私は三姉妹で、三人とも小さな頃から家庭環境に苦労した方だからか、落ち着いている。でも性格は暗くはないし友達も多い。サバサバしていて、キャピキャピした女子らしさは今も昔もない。


私自身の性格は、母親とはいえ人間は信用してはいけないという自分でも気付かないものが根底にあると思っていて、もし夫や近い友達に裏切られたとしても、驚きや落ち込みは少ないかもしれないと思っている。が、ありがたいことに身近な人から裏切られたことが無い。

普通じゃない環境の中で育ったので、違和感を感じる人や、自分を攻撃するような人に対しての嗅覚が敏感で、自然と避けてきているのかもしれない。人との距離の取り方が自然と身に付いているのかもしれない。家庭以外の人間関係で苦労したことが少ないと自分では思っている。


我が家の場合は母だけが信者で、父と娘は入信しておらず、私は2世では無い。

でも私や妹達の名前は、団体から付けられた名前だという記憶がうっすらある。詳しく知らないし、知りたくもない。